2022年 06月 08日
第14回控訴審(大阪高裁)期日報告集会の様子です! |
【第14回期日報告集会の様子】
閉廷後、場所を中央公会堂小集会室に移して、報告集会を行ないました。会場には60席用意しましたが、足らなくなり椅子を追加で出したので80人近くおられたと思います。またZoomで参加された方が約30名おられました。以下、発言順に発言要旨を事務局の責任でまとめました。
◆橋本宏一・支援する会共同代表
傍聴制限が撤廃され、抽選なく入廷してちょっと心配だったが、振り返ってみたらほぼ満席でほっとした。法廷での意見陳述にも感動した。弁護団の条理を尽くしたプレゼンに、なんと言っても原告のふるさとを奪われた悔しさ、悲しさ、失ってたまるかという思いが、みんなの願いであると認識させられ決意を新たにした。裁判もこれからが山場、力を合わせて、法廷の中と外から頑張ろう。
◆田辺保雄・弁護団事務局長
前回に続いて原告の意見陳述をやって良かった。意見陳述をしたいと申し入れたら、裁判所は「なんでするんですか?」という対応だったが、これまで自分たちの被害を語って来れなかった子どもが初めて法廷で自分の意見を言うんだと主張したら、「わかりました」ということで実現した。
今日のプレゼンは2つだったが、国や東電が依拠しているICRPの考え方は、皆さんの健康を第一に考えているのではない。社会経済的なコストと健康被害のコストを足し合わせて、一番コストがかからないようにしようという考え方だ。東電の代理人は、原告が1ミリ㏜以上であれば逃げると言うのは「最適化の原則」を忘れていると言うんだけど、「最適化」の中身はいま述べたようなことで、本当にひどい話だ。
福島県以外では今でも1ミリ㏜という基準が守られている。1986年3月までは各国の規制機関でも了解事項で、そのためのコストに制限はないと言っていた。そのことを今日は指摘した。
プレゼンした以外にも準備書面を出している。1つは、辻内先生(早稲田大学教授)の意見書への反論に対する再反論。
もう1つは、竹沢先生が本を出された(竹沢尚一郎『原発避難者はどう生きてきたか 被傷性の人類学』東信堂)が、なぜ避難しているかを人類学的に明らかにしていただいた。インタビュー形式で気付くことの多い本だと思う。本を証拠として提出し、損害班の弁護士が準備書面を書いた。
実は今日、東電が分厚い準備書面を出してきたが、中身はUNSCEAR(国連科学委員会)の2020レポートだった。東電は、「低線量被ばくによる健康被害はない」と言いたくてしょうがない。こちらが言っているのは、「健康被害のリスクがある時に逃げるのは当たり前でしょ」ということなのに。
これについては、会場の後ろで売っているパンフ(福島原発事故による甲状腺被ばくの真相を明らかにする会『福島甲状腺がん多発 被ばく原因はもはや隠せない―UNSCEAR2020レポート批判―』)を証拠として提出したい。
6月17日に国の責任についての最高裁の判決が出る。損害については各高裁の判断になるので、大阪高裁に理解してもらえるよう頑張っていきたい。
◆森田基彦弁護士
東電刑事裁判で検察官が作成した供述調書(検面調書)とその添付書面がいろいろ出てきた。プレゼンでも触れたが、こんなものがあったんだと思ったのは保安院の内規だ。本件で国は「自分たちには調査権限がない」と主張しているが、その内規には「最新の知見に従ってちゃんと調査をしなさい」と書かれている。にもかかわらず保安院は東電任せで、自分たちで長期評価について調べた形跡がない。この重過失問題については、なぜか国も東電も反論しなかった。
◆意見陳述した原告
緊張したが、当時子どもだった人たちの声も代読させてもらった。私は、原発事故を経験し、被ばくさせられたことが悔しくて仕方ない。その思いを述べた。唱歌「ふるさと」の3番の歌詞を引用して、未来のみなさんに安心して帰れるふるさとがあればいいなと思って陳述した。これからも応援してほしい。
◆参加した原告から
(H・Mさん)
今日の意見陳述は心に響いた。私の娘の声も代読してもらい、ありがとう。森田先生のプレゼンを聞いて、この原発事故は防ぐことができた事故だったんだなと思った。東電が次回反論するというのを聞いて、反論せずに責任を認めろと心の中で叫んでいた。来週の最高裁判決も気になるが、東電も国も責任を認め、きちんと謝罪をしてほしい。先ほど報告されたように、この間たくさんの署名が返ってきているのを嬉しく思っている。
(K・Cさん)
東電はいったい何を反論するのか。自分たちは悪くないと思っているのだろうか。何も悪いことをしていなければ、こんな事故は起きなかったことは森田先生から話があった。意見陳述は、子どもたちが大きくなって、届く言葉として伝えることができるように成長して、自分に起きたことをわかるようになってきた。その重さを裁判長には知っていただいて、判決を出して欲しいと思う。

(S・Yさん)
意見陳述の中の「放射能浴びたみたいな顔してんな」と言われたのはウチの息子なんだけど、そういうことがあったことを知ってショックだった。本人は「俺は忘れねえから」「でも前向いて生きていくしかない」って。この事実をどうやって伝えようかと思っていたけど、意見陳述で取り上げてもらって感謝している。
さっき田辺先生が病気にならなくたって、そのリスクを避けるのは当然だと言われたのは、常々自分が思っていたことで、すとんと胸に落ちた。
(K・Mさん)
さっき夫から金曜日に入院すると連絡があった。昨日背中に激痛が走って、今日病院に行ったら肝臓の数値が高くて、「即入院しろ」と言われたというので、福島にかえるべきかどうかで悩んでいる。夫は飲兵衛ではないし、食生活の問題はあるんだろうけど、被ばくの影響ではないかと考えてしまう。世帯が離れていると、病気だとかいう時に困る。原発事故がなかったら、私は福島に居たので、こんなことで悩むことはなかった。これも被害かなと思う。この裁判に勝つことで、こういう困ったことが起きないことにつながればいい。
(K・Aさん)
家族が離れて暮らすというのは、日常生活において「本当だったら、こうなのに」ということの連続で、落ち込む日もあれば、頑張るぞという日もある、浮き沈みの10何年だ。その間、応援してくれる人がいたから、こうして頑張って来れた。応援してくれる人がいなかったら、自分の一人よがりかなと諦めちゃったと思う。
(F・Aさん)
前回期日から今日までの間に先行する4訴訟の最高裁弁論があり、私は4月15日の千葉訴訟に行って来た。千葉訴訟はあまり原告の顔が見えない訴訟だったが、支援団が協力にバックアップし、弁護団も目の色が変わったようになって、控訴審(東京高裁)で勝訴した。その勢いがすごく伝わって、私もパワーをもらって帰って来た。最高裁判決はどうなるかわからないが、控訴審で少しでもいい判決をかちとり、関西やひょうごへ繋いでいきたい。今日は事故当時未成年だった原告の意見陳述があったが、このまま子どもたちに託してはいけない。私たち大人が頑張らないといけない。アメリカ先住民は言った―「地球は未来の子孫から借りているものだ」。私もそう思う。
◆ダマリー国連特別報告者の訪日調査実現について
(S・Mさん)
避難者の声を国際社会に届ける活動を田辺先生と一緒にやってきた。いろいろな方の力を借りて、やっと訪日日程(9月26日~10月7日)が決まるところまで来た。国連人権理事会がそれぞれの分野の専門家を任命したのが特別報告者で、彼らは公正・中立の立場で避難者を中心に聞き取り調査をする。政府側の話も聞く。それを踏まえて報告書を作成し、国連人権理事会に提出する。特別報告者に私たちの声を聞いてもらえる機会ができたのは喜ばしいが、過去にいったん決まった訪日を政府が中止にした例もあるので、慎重に事を運ぶ必要がある。実際に訪日されるまで見守ってほしい。
(田辺弁護士)
日程は決まったが、まだリスクがある。①政府に「偏った人物だ」と言わせるようなスキを作ってはいけない。たんたんと訪日を待つのが正しいんだろうと思う。②せっかくいい報告書を作ってもらっても、「事実誤認だ」として政府が無視することがたびたびあった。私たちにできることは、特別報告者からのリクエストに着実に応えることだろう。
これからの流れとしては、9月に来られて、10月で任期は切れるが、来年6月に報告書が出る。市民側の調査にあたり、市民側がアテンド代、交通費、通訳・翻訳費用などを負担する場合も生じるため、最低でも100万円を集めたい。ぜひ協力をお願いしたい。
そのあとフリーライターの守田敏也さん、関西訴訟原告団、ひょうご訴訟弁護団、阿武隈会訴訟原告、「福島原発事故による甲状腺被ばくの真相を明らかにする会事務局長の林衛さん(富山大学准教授)から連帯のあいさつを受け、最後に原告団共同代表の萩原ゆきみさんがお礼のあいさつをして閉会しました。
by shien_kyoto
| 2022-06-08 23:30
| 原告団から
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