2014年 11月 19日
第5回期日の報告 |
みなさま
支援する会事務局の上野と申します。
14日は時間の変更のせいか、10時から10時20分の整理券配布時間内の集まりが悪く、久々の満杯ならずかと心配しましたが、20分を過ぎてからも傍聴の方が来所され、傍聴券がなくなり、傍聴席は満杯となりました。確認し忘れましたが、何人かは模擬法廷の方へ回られました。傍聴に参加いただいたみなさま、本当にありがとうございました。
今回は事前にお知らせしたように次回に続いて参加された方にはオリジナルグッズ(避難ママを中心に裁縫会をしている「笑顔つながろう会」が作った匂い袋)を配布しましたが、渡した匂い袋は約50個、新たに渡した傍聴カードも約50個と 、新しく参加された方が多かったという印象でした。時間変更によって来易くなった方と逆に来にくくなった方がおられるのかも知れません。
法廷では、原告側は3つの準備書面を提出。
最初に、津波被害の回避可能性(準備書面7)について清州弁護士(?)が説明しました。その要点は、―福島原発事故の後、国は新規制基準を作り、東電も原子力安全改革プランを作り、福島第1、第2、柏崎刈羽各原発で防波堤の設置、防潮堤の設置、扉の水密化、防水壁の設置、発電機車や電源車の高台への設置などの対策を2年という短期間で実施した。平成14年(2002年)段階で東電が巨大津波を適切に予見していれば、これらの津波対策を実施することは可能だった。これを怠っ た東電と命令を出さなかった国は結果回避義務違反がある。―というものでした。
次に、シビアアクシデント対策(準備書面8)について森田弁護士が説明しました。その要点は、―国は平成4年(1992年)5月にシビアアクシデント(過酷事故)対策を決定し、電気事業者にそれに沿った対策の整備を要請したが、日本のシビアアクシデント対策は外的事象(原子炉に異常な状態を生じさせる地震、津波、火災などの事象)に対する確率論的安全評価(聞き流してください!)に消極的で、海外に比べ20~30年の遅れがあったとされている。日本の全交流電源喪失事象(SBO)対策も、外的事象を想定しておらず、米国ではプラントごとに外部電源の復旧可能時間、非常用電源の耐久能力の評価を おこない、2~72時間のSBO耐久時間を要求していたが、日本では慣行的に30分間の耐久時間しか要求していなかった。米国原子力規制委員会の元委員長は、米国の暫定保障措置命令「B.5.b」条項の方策を実施することによって福島原発事故を回避できた可能性を示唆している。国内外の知見の進展により、遅くとも平成14年(2002年)頃までには、外的事象を想定したシビアアクシデント対策が必要であると予見することは可能だった。―というものでした。
最後に、低線量WG批判(準備書面9)について三上弁護士が説明しました。その要点は、―東電は、「年間20mSvまでの被ばくは社会的に許容される水準である」から、避難指示の出ていない区域からの避難に対しては一切 損害賠償責任が生じないと主張している。その根拠とされるのが、「低線量被ばくリスク管理に関するワーキンググループ報告書」(2011年12月22日作成)である。だが、WGのメンバー構成は低線量被曝の健康被害に否定的な見解を有する人物に偏っており、8回にわたる議論の内容が正確に反映されず、共同主査の長瀧重信氏と前川和彦氏の意向が強く反映され、恣意的にまとめられたもの。また、報告書は強制避難等の強制的防御措置を講じる際の目安を示したものであり、東電がいう「社会的に許容される」放射線量の水準を決定したものではなく、区域外からの避難の社会的相当性を否定する根拠とはなり得ないものだ。―というものでした。
今回は被告側(国)も準備書面を 提出し陳述しましたが、法令でどういう規制をしているかを述べただけで、何を主張しようとしたのかもよくわからないものでした。
今回はの特徴は、関西(大阪)訴訟の原告の方が森松代表をはじめ5人も参加されたことです。期日報告会のあと地裁の地階にある食堂「四季」で関西原告の方にも参加してもらい、原告のランチ交流会をおこないました。原告どうしが傍聴しあって連携を深めていく動きが始まっています。12月4日には大阪地裁で関西訴訟の第2回口頭弁論が行われます。13時15分~30分の間に抽選受付があります。可能な方はぜひ傍聴に行ってくださるよう、お願いします。
支援する会事務局の上野と申します。
14日は時間の変更のせいか、10時から10時20分の整理券配布時間内の集まりが悪く、久々の満杯ならずかと心配しましたが、20分を過ぎてからも傍聴の方が来所され、傍聴券がなくなり、傍聴席は満杯となりました。確認し忘れましたが、何人かは模擬法廷の方へ回られました。傍聴に参加いただいたみなさま、本当にありがとうございました。
今回は事前にお知らせしたように次回に続いて参加された方にはオリジナルグッズ(避難ママを中心に裁縫会をしている「笑顔つながろう会」が作った匂い袋)を配布しましたが、渡した匂い袋は約50個、新たに渡した傍聴カードも約50個と 、新しく参加された方が多かったという印象でした。時間変更によって来易くなった方と逆に来にくくなった方がおられるのかも知れません。
法廷では、原告側は3つの準備書面を提出。
最初に、津波被害の回避可能性(準備書面7)について清州弁護士(?)が説明しました。その要点は、―福島原発事故の後、国は新規制基準を作り、東電も原子力安全改革プランを作り、福島第1、第2、柏崎刈羽各原発で防波堤の設置、防潮堤の設置、扉の水密化、防水壁の設置、発電機車や電源車の高台への設置などの対策を2年という短期間で実施した。平成14年(2002年)段階で東電が巨大津波を適切に予見していれば、これらの津波対策を実施することは可能だった。これを怠っ た東電と命令を出さなかった国は結果回避義務違反がある。―というものでした。
次に、シビアアクシデント対策(準備書面8)について森田弁護士が説明しました。その要点は、―国は平成4年(1992年)5月にシビアアクシデント(過酷事故)対策を決定し、電気事業者にそれに沿った対策の整備を要請したが、日本のシビアアクシデント対策は外的事象(原子炉に異常な状態を生じさせる地震、津波、火災などの事象)に対する確率論的安全評価(聞き流してください!)に消極的で、海外に比べ20~30年の遅れがあったとされている。日本の全交流電源喪失事象(SBO)対策も、外的事象を想定しておらず、米国ではプラントごとに外部電源の復旧可能時間、非常用電源の耐久能力の評価を おこない、2~72時間のSBO耐久時間を要求していたが、日本では慣行的に30分間の耐久時間しか要求していなかった。米国原子力規制委員会の元委員長は、米国の暫定保障措置命令「B.5.b」条項の方策を実施することによって福島原発事故を回避できた可能性を示唆している。国内外の知見の進展により、遅くとも平成14年(2002年)頃までには、外的事象を想定したシビアアクシデント対策が必要であると予見することは可能だった。―というものでした。
最後に、低線量WG批判(準備書面9)について三上弁護士が説明しました。その要点は、―東電は、「年間20mSvまでの被ばくは社会的に許容される水準である」から、避難指示の出ていない区域からの避難に対しては一切 損害賠償責任が生じないと主張している。その根拠とされるのが、「低線量被ばくリスク管理に関するワーキンググループ報告書」(2011年12月22日作成)である。だが、WGのメンバー構成は低線量被曝の健康被害に否定的な見解を有する人物に偏っており、8回にわたる議論の内容が正確に反映されず、共同主査の長瀧重信氏と前川和彦氏の意向が強く反映され、恣意的にまとめられたもの。また、報告書は強制避難等の強制的防御措置を講じる際の目安を示したものであり、東電がいう「社会的に許容される」放射線量の水準を決定したものではなく、区域外からの避難の社会的相当性を否定する根拠とはなり得ないものだ。―というものでした。
今回は被告側(国)も準備書面を 提出し陳述しましたが、法令でどういう規制をしているかを述べただけで、何を主張しようとしたのかもよくわからないものでした。
今回はの特徴は、関西(大阪)訴訟の原告の方が森松代表をはじめ5人も参加されたことです。期日報告会のあと地裁の地階にある食堂「四季」で関西原告の方にも参加してもらい、原告のランチ交流会をおこないました。原告どうしが傍聴しあって連携を深めていく動きが始まっています。12月4日には大阪地裁で関西訴訟の第2回口頭弁論が行われます。13時15分~30分の間に抽選受付があります。可能な方はぜひ傍聴に行ってくださるよう、お願いします。
by shien_kyoto
| 2014-11-19 12:59
| 期日
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